Soul/R&B<P-T>The Temptations(ザ・テンプテーションズ)

11/01/2007


The Temptations(テンプテーションズ)のルーツは2つのグループから構成されていく!

まず1つ目のグループ1955年、Alabama州、Birminghamで幼なじみの友人 Eddie Kendricks、 Paul Williams、 Kel Osbourne、Wiley Waller達は「Cavaliers」という名のDoo-Wopグループを結成した・・・1957年にはWallerがグループを離れ3人となった彼らは地元Birminghamを離れ、Ohio州のClevelandへと移った後、Detroitを拠点とし「The Primes」とうグループ名で本格的に活動し、Detroitで知名度を高めて行った!

1959年には彼らのマネージャー Milton Jenkins プロデュースにより、Florence Ballard、 Mary Wilson、 Diane (後にDianaと改名) Ross、 Betty McGlownのPrimettesThe Supremes の前身)がシスター版The Primesとして結成されている!(詳細はThe Supremesの記事をご覧ください:サイドメニューから検索)

そして2つ目のグループの話へと変る・・・Texas出身でDetroitに住むOtis Williams はDoo-Wopグループ「Otis Williams & the Siberians」のリーダーで、友人 Elbridge "Al" Bryant、 James "Pee-Wee" Crawford、 Vernard Plain、Arthur Walton達と5人で活動をしていた!

彼らは、シングル「Pecos Kid(B面:All of My Life)」をマイナーレーベルでレコーディングするがメジャーとはならない・・・グループ名を「Siberians」から「The El Domingoes」へと改名し、メンバーはベースシンガーのArthur Waltonの代わりにAlabama州出身のMelvin Franklinを起用する!(Melvin Franklin はレコーディンググループ Voice MastersのメンバーでLamont Dozier、 David Ruffinと活動)


リードシンガーVernard Plainの代わりには新メンバーFranklinのいとこのRichard Streetへと入れ替わった・・・そして、グループはNorthern Records( Johnnie Mae Matthewsによる経営)と契約しグループ名を「The Distants」とする!!・・・ 「The Distants」は1959年にシングル「Come On」をリリース!!(バックボーカルにはMotown RecordsのThe Andantes、ベースJames Jamerson、タンバリンNorman Whitfieldを起用)

シングルはローカルヒットとなる!・・・この時期にはPee-Wee CrawfordからAlbert "Mooch" Harrellへとメンバーが交代された・・・翌年の1960年にはシングル「Alright」をリリースしたが不成功に終わる!
Northern RecordsのMatthewsはOtis Williamsをリーダーとして任命し、グループ名を「 Otis Williams & the Distants」と改めた!

さて、「The Distants」と「The Primes」の二つのグループはすでに顔見知りで、ライバルであったが、1960年に「The Primes」のメンバーはKel Osbourneがバンドを止めCaliforniaへ!・・・Eddie Kendricks と Paul Williamsが故郷Alabama州に帰り、グループは解散!

 

しかし、「The Distants」のOtis WilliamsからMotown RecordsのGordyのオーディションに2名の追加メンバーが必要と誘われ、Eddie Kendricksは了承・・・Paul Williamsを連れてDetroitへ戻った!!

2つのグループがミックスし、Otis Williams、 Melvin Franklin、Elbridge "Al" Bryant、Eddie Kendricks、 Paul Williamsの5人は「The Elgins」として1961年3月にMotownのオーディションを受け合格!・・・Otis Williams、 Melvin Franklin、Elbridge "Al" Bryantの3人は、「The Distants」を離れMatthewsとの契約を解除しレーベルNorthernを去り、「The Primes」のEddie Kendricks、 Paul Williamsと共に5人はBerry GordyのMiracle Recordsと契約となった!・・・しかしサイン直前に同名の「The Elgins」のグループ名で登録されて
した・・・Miracle Recordsの従業員とOtis Williamsのアイデアにより新グループ名「The Temptations」と名付けられた!!(1964年にはグループ「The Downbeats」がGordyによって「The Elgins」へと改名・・・The ElginsはMotownから再浮上している)

一方、「The Distants」のMooch Harrellはグループを離れ、Richard Streetは新The Distantsのリードとなり60年代初期にはローカルレーベルThelmaで活動をする・・・(60年代中期には Sandra Fagin、 John"Maurice" Fagin、Warren HarrisらとMotownのマイナーグループThe Monitorsで活動:1966年Greetings (This is Uncle Sam)が Billboard R&Bチャート21位、Popシングルチャート100位をマーク)

 

The Temptations はレーベル Miracleからシングル「Oh Mother of Mine」と「Check Yourself」をリリース!

 1961年~1963間での間に7枚のシングルをリリースし、Popシングルチャート入りは果たせなかったが、
1962年のシングル「Dream Come True」がR&Bチャート22位をマークする!・・・ソングライターとプロデューサーチームにはBerry Gordy、Mickey Stevenson、Clarence Paul、Norman Whitfield.達が参加!

1961年「Do You Love Me」はGordyが・・・
1963年の「I Want a Love I Can See」ではMiraclesのリードシンガーでプロデューサーのSmokey RobinsonがTemptationsのシングルに初参加し、グループとの信頼関係が結ばれた・・・


1963年Elbridge Bryantは牛乳屋としての仕事に熱を注ぎ音楽活動に身が入らなかった為、Motownのクリスマスパーティーの後、グループから剥奪され、代わりにMississippi州出身のDavid Ruffin(弟はMotownアーティストのJimmy Ruffin)がメンバーとなる!

1964年には Smokey Robinson再びがペンを執り、「The Way You Do the Things You Do」をプロデュース!
Kendricksがリードをつとめ、Temptations初のTop 20チャート入りとなる!

そして、Smokey RobinsonとソングライターでThe MiraclesのメンバーRonald "Ronnie" Whiteにより1964年「My Girl」がリリース!・・・David Ruffinがリードを務め熱唱!シングルはPopチャートで何といきなり1位に輝いた!!

「My Girl」でのセンセーショナルなヒットの後のTemptationsの3枚のシングル「It's Growing」、「Since I Lost My Baby」、「My Baby」とRuffinがリードを務め1965年、いずれもTop 20入りを果たした!
1966年、Smokey Robinson作の「Get Ready」がR&Bチャートで1位をマークした後、Norman Whitfield がTemptationsのメインプロデューサーとなり、1966年には「Ain't Too Proud to Beg」でR&Bチャートで1位をマークする!


Whitfieldの作品はRobinsonのバラードをベースとした楽曲から、より重圧感のあるソウルサウンドへと導いて行く!

1968年までにのWhitfieldの作品はほとんどDavid Ruffinをリードボーカルとし、1966年のシングル「Beauty Is Only Skin Deep」ではR&Bチャートで1位、そして2度目のPopチャート入りを果たし3位をマークした!!・・・

1966年のシングル「(I Know) I'm Losing You」はR&Bチャート1位、Popチャート8位を記録!!
同年同月にはベストアルバム「Greatest Hits」でPopアルバムチャートで5位をマーク!・・・1967年3月にはライヴアルバム「Temptations Live!」でPopアルバムチャート10位をマーク!

1967年「All I Need」はFrank Wilsonプロデュースによって書かれPopチャート8位をマーク・・・
1967年「You're My Everything」ではEddie KendricksとDavid Ruffinがリードボーカルをシェアして、Popチャート6位をマーク!・・・これらのヒットは1967年7月リリースのアルバム「With A Lot O' Soul」をPopチャート7位に導いた!

1967年11月、MotownのGordyによるアイデアでPop、Soul両者のファンに向けクロスオーバーなアルバムに挑戦!・・・「In A Mellow Mood」をリリースするが、大きな成功には結びつかなかった・・・

1967年にソングライター&プロダクションチームであるHolland-Dozier-Holland が活動を停止しEddie HollandはMotownを離れると、WhitfieldはBarrett Strong 、Penzabene らと組み、Temptationsの製作に関与・・・3人のコラボレーションにより、1967年12月リリースの「I Wish It Would Rain」(1968年のアルバムWish It Would Rainに収録)がR&Bチャート1位、Popチャートで4位をマーク!・・・同年「I Could Never Love Another (After Loving You)」ではR&Bチャート1位となった!

しかし3人の活動は続かず、Penzabeneは自殺によってこの世を去ったため、Strongが唯一の協力者となった・・・この時、The Temptationsはすでに世界的なスターとなっていた!!

1967年、 David Ruffinはグループの成功は自分のお陰であると考え、当時のガールフレンドTammi Terrellとのプライベート使用のリムジンなどの特別な処置を要求した・・・そして有頂天になった彼はリハーサルやコンサートをすっぽかし、ドラッグ(コカイン)に溺れていく・・・

Motown では Diana Rossに焦点をおいた Supremes が Diana Ross & the Supremesと名前を変えたように、Ruffin は「David Ruffin & the Temptations」とグループ名の変更を要求・・・さらにグループの所得をも要求し、Berry Gordyとの摩擦を繰り返し、そして、Ruffinのメンバー交代へと繋がって行く・・・


Otis Williams はRuffinが「態度を変えなければ、首になろだろう」と警告したがその後も身勝手な行動が続き解雇・・・そして彼の代役として「The Contours 」のメンバーDennis Edwardsを迎えた!

RuffinとEdwardsは親友・・・その後もTemptationsのステージにあがりRuffinが歌うなどのトラブルもあり、Ruffinの乱入を防ぐ為に警備員を増員するなどのエピソードもあったようだ・・・

1968年10月にはRuffinがレコーディングを求めMotownを訴えるなどのトラブルがあったが、ソロとしてのレコーディングに合意した!


1968年から、Motownの Berry GordyはTemptations と Diana Ross & the Supremesのコラボレーションを実現させ、ツアー、そしてアルバム「Diana Ross & the Supremes Join the Temptations/Together」はPopチャート2位をマーク!・・・シングル「I'm Gonna Make You Love Me」もUS UK共にPopチャート2位の座を得た!・・・Dennis Edwardsにとって初のTemptationsでのレコーディングとなる・・・!

翌年の1968には2枚目のコラボレーション・アルバム「Together」をリリースした!

NBC Television のスペシャル番組 TCB(1968年12月放送)、と G.I.T. Broadwayから放送(1969年11月)が TV Sound Trackレコード化され、T.C.B.はPopアルバム・シングルチャート共に1位の座に君臨した!!(この2ヵ月後Diana RossはThe Supremes を去りソロに転向)


Diana Ross and The Supremes With The Temptations
1968 The Original Sound Track From T.C.B.
Motown Record(Detroit,MI)

Diana Ross and The Supremes With The Temptations 1968-The Original Sound Track From TCB

 

1968年の秋、プロデューサーNorman Whitfieldを迎え、David Ruffinのバラードの歌声から一新したTemptationssの為のSly & the Family StoneのようなサイケデリックなFunkサウンドを作りを始める!・・・そして、同年にこの新しいサウンドでシングル「Cloud Nine」がリリースされ、Popチャート6位をマーク!

アルバム「Cloud Nine」もPopアルバムチャート4位をマークし、1969年Motownで初となるGrammy AwardをBest R&B Vocal Group Performance部門で受賞!

この Motown サウンドとサイケデリックサウンドの融合は「psychedelic soul」という新しいジャンルを生み出し、アルバム「Cloud Nine」からは、1969年「Run Away Child, Running Wild」でPopチャート6位、R&B チャートでは1位をマーク!・・・

1969のPopチャート5位をマークしたアルバム「Puzzle People」からは「I Can't Get Next to You」で、何とPop/R&Bチャート共に1位!・・・「Psychedelic Shack」はPopチャート7位、1970年「Ball of Confusion (That's What the World Is Today)」でPopチャート3位などのヒットを飛ばした!!

60年代後半のこの時期、肉体的、精神的にPaul Williamsの健康状態は著しく衰え始めた・・・鎌状赤血球症をわずらい、さらにアルコール中毒となり音楽活動を続けるのは困難であった・・・

1969年、元The Distantsのメンバー(この時にはThe Monitorsのリードシンガー)がRichard StreetはWilliamsの支援としてツアーに参加し、歌えなくなり”口パク”でステージに立つWilliamsのパートをカーテン裏で熱唱したという武勇伝がある!

そして70年代前半にはWilliamsの代わりにRichard がステージに立つようになる・・・一方ではEddie Kendricksはリーダーシップをめぐって Otis Williamsと Melvin Franklin との喧嘩が絶えなくなってゆく・・・

初期のバラードスタイルを好むKendricksはこの時彼らが成功したPsychedelic Soul(サイケデリック・ソウル)に対しての不快感を感じていた!


更なるOtis Williams と Melvin Franklinとの対立の後、Kendricks は 1971年のPopチャート1位に輝いた「Just My Imagination (Running Away with Me)」で好みのバラードを熱唱!・・・このレコーディングを最後にTemptations を離れMotownのTamlaでソロの道を歩き出した・・・

1971年にはKendricksの代わりにLos Angelesのボーカルグループ「The Vibrations」のメンバーRicky Owensが入りステージを上がったが、実力が認められず数週間でグループを去り1971年の春のThe Temptationsは4人で活動を続け、「It's Summer」をレコーディング!

1971年4月に Paul Williams は健康面でTemptationsでのパフォーマンスを続ける事が出来なくなりRichard Streetが正式なメンバーとなる・・・ Williams はグループのアドバイザー、振付け師としての仕事を担当した・・・

(その後 Williamsの健康状態が回復し、Motown でソロとしてPaul Williamsを売り出そうと試みたが、1973年8月・・・デトロイトで自ら34年の命を絶ってしまった・・・)


5月になりTemptationsは若干20歳の Baltimore出身の Damon Harrisを見つけメンバーとして迎え、Otis Williams, Edwards、Melvin Franklin、Richard Street、新メンバーDamon Harrisで再び5人組みとなりNorman Whitfieldプロデュースの元、Popシングルチャート18位、R&Bチャート8位となる「Superstar(Remember How You Got Where You Are)」で元メンバーのDavid Ruffin と Eddie Kendricksに向けての
メーセージが綴られ、1972年には「Take a Look Around」のヒット曲を再び生み出した!
そして1972年7月リリースのアルバム「All Directions」(Popアルバムチャート2位)から同年9月にシングル「Papa Was a Rollin' Stone」をリリースし、再びPopチャート1位に輝き1973年には3つの Grammyを受賞する事となる!!

①グループは「Best R&B Performance by a Group」部門でGrammyを受賞!
②Whitfield とアレンジャ―/コンダクターの Paul Riser はB面のインストバージョン「Papa」で 「Best R&B Instrumental Performance」部門!
③WhitfieldとBarrett Strong はソングライターに与えられる「Best R&B Song」部門で受賞!

「Papa Was a Rollin' Stone」を最後に Whitfield は Barrett Strongと組むのを止め、一人でTemptationsの曲を作る事となる!

「Papa」での成功でWhitfield の才能に拍車がかかり、1973年2月リリースのアルバム「Masterpiece」からタイトルトラック「Masterpiece」がPopチャート7位、R&Bチャート1位をマークした!

アルバム「1990」は1973年12月リリース!・・・インストシングル「Let Your Hair Down」がTop30入りを果たしたのみで、Norman WhitfieldによるTemptations最後のプロデュースとなった!

すでにグループとWhitfield 間には緊張感が張り詰めた状態で、Whitfieldとの仕事に限界を感じ初めてていた・・・ボーカルを重圧するインストの主張の強い彼のプロダクションや、セールスの低下などの不満をOtis WilliamsはBerry Gordyに訴えた結果、Jeffrey Bowen(1967年のアルバムIn A Mellow Moodでの共同製作者)を採用する事となった・・・

その後Whitfield はMotownを離れ、1975年Willie Hutchと Rose Royceを引き連れ「Whitfield Records」を設立する・・・


BowenプロデュースによるTemptationsの最初のアルバムは1975年「Song For You 」で 「Happy People」(Commodoresが参加) と「Shakey Ground」(Parliamentの Eddie Hazelが参加)がR&Bチャート1位をマーク!・・・「Glasshouse」もP-Funk サウンドでグルーヴな作品で、Top 40 Popヒットとなる!!

Damon Harrisはこのアルバムのレコーディング中の取り組みやプロらしくない態度などの理由でグループを解雇され、交代要員としてWashington, D.C.出身の Glenn Leonard( The Unificsの元メンバー)を採用した・・・そしてプロデューサー陣 Bowen、 Brian Holland、 James Carmichael、そしてTemptations のメンバー達はヒット曲を生む為に模索をする!

 House Party (1975年11月)、 Wings of Love (1976年3月)、Do the Temptations (1976年8月)などのアルバムをリリースするがシングル共に商業的な成果は無かった・・・


1975 House party
Motown Record(Hollywood,CA)

The Temptations 1975-House party


そしてプロデューサーBowen のアイデアでアルバムWings of LoveでDennis Edwardsを前面に押したした事が失敗に結びついたとOtis Williamsは感じていた!・・・そしてEdwards は解雇となり、Louis Priceへ交代・・・そしてMotownの戦略に疑問を持ったThe TemptationsはMotownを離れ、Atlantic Recordsに移籍する!

しかし、Atlanticでのアルバムりリース 1977年「Hear to Tempt You」、1978年「Bare Back」、とシングルを含む売上は上がらずAtlanticとの契約は白紙となり、 1980年Temptationsは再び Motownへと戻る!・・・同時にLouis Price はグループを離れ、The Driftersのメンバーとなった!

解雇されたDennis EdwardsはソロとしてMotownに残っていたが3年間もの間成功は無く、再びTemptationsへと戻る事に!・・・そして1980年 Berry Gordy をco-writertとしてシングル「Power」をリリース・・・R&Bチャートで11位をマーク・・・同名のアルバム「Power」をリリースした後、グループは1981年のRick Jamesの名曲「Super Freak」のバックボーカルとして参加するなどの活躍はあったが、2年間に大きな成功はなく、1982年 Motown は「Temptations reunion tour」を計画する!

そして、元メンバーのEddie Kendricks と David Ruffin は再結成ツアーとそのアルバムの話に合意!!・・・Melvin Franklinの甥でMotownのFUNK界のスーパースター Rick Jamesをプロデューサーに迎え、再結成アルバムのリードシングル「Standing on the Top」で Ruffin Kendricks と Edwards が復活し、シングルはR&Bチャート6位をマークした!

Temptationsは7人構成(Ruffin、 Kendricks、 Otis Williams、 Franklin、 Edwards、 Richard Street、Glenn Leonard)で Reunion Tour を行い商業的利益を得たが、スーパーヘビースモーカーのKendricksの声は限界、そしてRuffinの麻薬中毒は継続していた為、幾度かステージに上がれない事もあった・・・そしてRuffin と Kendricksは再び解雇となり、2人はデュオとして活動を始める・・・


1983年にはRockの素材を取り入れたグループの再出発で「Surface Thrills」をリリース!・・・このアルバムを最後にGlenn Leonardはグループを去り、新メンバーにRon Tysonを迎えた!
Tyson はAtlantic移籍時代のTemptationsのソングライターで、アルバム「Hear To Tempt You」でのco-writerとして何曲かを手がけた人物!・・・

アルバムSurface Thrillsからのシングル化された「Love on My Mind Tonight」はR&Bチャート17位、シングル「Sail Away」では再びプロデューサーNorman Whitfieldを起用した作品で、新メンバーRon Tysonが初のリードボーカルをつとめ、R&Bチャート13位をマークするが、この時期の彼らはPopチャート圏内には姿を現す事は出来なかった・・・

酒癖の悪かったDennis Edwardsはリハーサルをすっぽかすなどのトラブルで再びグループを解雇となり、2度目のソロ活動を始める・・・そしてグループは彼の代わりにAli-Ollie Woodson(1977年のEdwards backの代理候補)を起用する!

そして1983年、アルバム 「Back to Basics」ではRon Tysonが初めてアルバムに登場し、Woodsonもトラック「Stop the World Right Here (I Wanna Get Off)」に初参加した!・・・Woodsonが初めてリードボーカルをつとめたのが1984年リリースの「Treat Her Like a Lady」でOtis Williamsと共に、自らco-writerをし、Earth, Wind and FireのAl McKay と Ralph JohnsonをCo-プロデューに迎えた作品でR&Bチャート2位をマークした!

一方、 Eddie Kendricks と David Ruffin は1985年6月にPhiladelphiaで行われた「Live Aid」に登場!、TVを通じ世界中のファンに姿を見せた!

またNewYorkのハーレムの聖地であるApollo Theaterでもパフォーマンスを繰りひろげ、RCAから「Live at the Apollo」がリリースされるとPopチャートのTop 20ヒット入りを果たした!

Ollie Woodson はTemptationsのメンバーとして1987年まで活動した後に解雇となり、Dennis Edwardsが再びグループにカンバック(3度目の正直!)し、1987年のアルバムは実情を物語るタイトル「Together Again」に参加する!
 
翌年には、Otis Williamsは(Patricia Romanowskiとの共作)自叙伝Temptationsを発表(Primes、Distants時代から現在までグループの経歴を年代順に記録)、(2002年には更新版Temptationsを発表)した!!



さて、1989年末にEdwardsは3度目で最後の解雇となり、2年前に解雇されたOllie Woodsonを再びラインナップに加えた!

同年、Temptationsは「Rock and Roll Hall of Fame」に殿堂入りを果たし、Edwards、 Franklin、 Otis Williams、 David Ruffin、 Eddie Kendricks、そして亡きPaul Williamsの名が刻まれた!!http://www.rockhall.com/
 
セレモニーでは、再会した元メンバー達とTemptationsのメンバーとの間に悪い感情は見られなかったが、Kendricksは沈黙を続け、Paul Willaimsを代表する「Don't Look Back」の熱唱を、亡きPaul Willaimsに捧げたセレモニーをしめくくった・・・セレモニーでの再会の後、元メンバーでRuffin/Kendrick/Edwardsの3人はツアーとレコーディングを計画!・・・しかし1991年6月、Ruffinは薬剤過剰投与によりPhiladelphiaで50年の生涯に幕を閉じ、Kendrick は肺がんと診断され、活動を続けるが1992年10月、故郷Alabama州のBirminghamで52年の生涯の幕を閉じた・・・そしてRuffin/Kendrick/Edwardsプロジェクトは中止された・・・

90年代のTemptationsのメンバーの入れ替わりは更に多くなる!

1992年Richard Streetが腎結石除去のために緊急手術を受けた事でステージを欠席すると、事情を知らなかったOtis Williams が激怒!・・・そしてWilliamsの思いやりの無さを痛感したStreetは1993年、22年間のTemptationsでの活動に終止符を打った!・・・ Streetの代わりにSt. Louis出身のTheo Peoplesが起用された!

2年後には Melvin Franklin が健康不良により活動を停止・・・1995年2月脳発作の後、52歳でこの世を去った・・・

1995年、P-Funk軍団(Parliament /Funkadelic) からベースシンガーRay Davisを迎え、1995年のアルバム「For Lovers Only」に参加するが同年に喉頭がんのため息を引き取った・・・

4人での活動を続けた後、The FuturesのベースシンガーHarry McGilberryを採用・・・アルバム「For Lovers Only」を最後にリードシンガーAli-Ollie Woodsonは喉頭がんとの戦いの為1996年にグループを離れ、新メンバーTerry Weeksが代役となる!

この時点のラインナップは、Otis Williams、 Ron Tyson、 Theo Peoples、Harry McGilberry、Terry Weeksの5人で構成されていた!


1998年にはアルバム「Phoenix Rising」をリリースし、ミリオンセラーとなる!・・・アルバムからのシングル「Stay」ではTheo Peoplesがリードをつとめ、曲には1965年の大ヒット曲「My Girl」をサンプリング・・・Adult Contemporaryチャート1位をマークした!

アルバム「Phoenix Rising」のレコーディング中には、Theo Peoples(後にFour Topsのメンバーとなる)がグループを離れ、Barrington "Bo" Hendersonへと交代された為、アルバムには新メンバーHenderson と Peoples の両者がそれぞれ違うトラックに参加している!

 

1998年にはTV局NBC は4時間ドキュメンタリーTV番組(Otis Williams'によるTemptationの 自叙伝)を製作、November 1 と November 2の2日に分けて放送された!・・・このシリーズが高く評価され番組はBest Direction部門で Emmy賞を獲得し、VHS と DVD化され発売された!(DVD Temptations (1998))・・・(しかしOtis Williamsの元妻、 Melvin Franklinの母、David Ruffinの家族らは中傷的な内容があるとして、共同でWilliams、Motown、Motownのde Passe Entertainment、 Hallmark Entertainment、NBC に対し告訴された!)

 

1999年に The Temptationsは The Vocal Group Hall of Fame に殿堂入り! http://www.vocalhalloffame.com/

2001年には 2000年のアルバム「 Ear-Resistible」がBest Traditional R&B Vocal Performance部門で3度目となるGrammyを受賞!

 
2003年にはBo Henderson がグループから解雇となり、元Spinners のリードボーカルG.C. Cameronを起用し、Cameron、 Otis Williams、 Ron Tyson、 Harry McGilberry、Terry Weeksの5人となった後、Harry McGilberry(2006年4月McGilberryは56歳で生涯を閉じた)が解雇され、SpanielsのJoe Herndonを新メンバーとして迎えた!

 

Motown での最後のアルバムとなった「Legacy 」は2004年6月リリースされたが商業的な成功を収める事が出来ずに、The Temptations はMotownとの契約は解除され、Universal Motown Recordsグループのレーベル「New Door」に移籍となる・・・

2006年7月、「Reflections」がリリース・・・Motownの名曲(Diana Ross & the Supremesの「Reflections」、The Miraclesの「Ooo Baby Baby」、Marvin Gaye and Tammi Terrellの「Ain't Nothing Like the Real Thing」、The Jackson 5の「I'll Be There」)を引っさげThe Temptationsは2007年の Grammy でBest Traditional R&B Vocal Performance部門においてアルバムからの「How Sweet It Is (To Be Loved by You)」(1965年、Marvin Gayeのカバー)がノミネートされた!

また、2007年にはG.C. Cameronが解雇され、現時点のラインナップは、Otis Williamsを筆頭に Ron Tyson、 Terry Weeks、 Joe Herndon、そして新メンバー Bruce Williamsonの5名で構成されている!!

 

Otis Williams HP: http://www.otiswilliams.net/main.aspx

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ウマソウル管理人 After9(アフター・ナイン) ★1964神奈川県横須賀生まれ→18で上京→27で渡米→現在は東京都在 /趣味:飲み食い、音楽鑑賞:Black Music(Soul,R&B,Funk)、ドラム演奏、西洋アンティーク家具&雑貨収集、新しいものより古いもの好き・・・

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